まくら

読んだ本や好きな文章の感想

地獄変をすこれ

芥川龍之介の「地獄変」がめちゃくちゃ好きです。

なぜならエロいから。

これ、エロいよね…? エロいという言い方がふさわしくないのであれば、非常に官能的だよね?

 

燃やされながら身悶えする娘の描写は大変官能的ですよね。しかし特に私は「この上なく大切な存在を自分の目の前で、自分のせいで喪失する」という展開がド性癖なので、地獄変のことが大好きです。最遊記銀魂BLEACH、秘密 (トップ・シークレット)など、そういう描写がある作品はいろいろありますが、やはり地獄変が私の中での原点にして頂点です。

 

青空文庫芥川龍之介 地獄変

 

ああ、私はその時、その車にどんな娘の姿を眺めたか、それを詳しく申し上げる勇気は、到底あろうとも思われません。あの煙にむせんで仰向けた顔の白さ、焔をはらってふり乱れた髪の長さ、それから又見る間に火と変わって行く、桜の唐衣からぎぬの美しさ、――何というむごたらしい景色でございましたろう。殊に夜風が一下ひとおろしして、煙が向うへ靡いた時、赤い上に金粉をいたような、焔の中から浮き上がって、髪を口に噛みながら、いましめの鎖も切れるばかり身悶えをした有様は、地獄の業苦を目のあたりへ写し出したかと疑われて、私始め強力の侍までおのずと身の毛がよだちました。

娘が燃やされる、ここの描写……ほんと……興奮する……レイプ未遂事件の場面の描写も妙に扇情的ではあったが、やはりここにはかなわない。

特に「鎖も切れるばかり身悶えをした有様」が好き。炎に包まれた車の中、黒髪を振り乱して狂ったようにのたうち回る女の姿が見える。「雪のような肌が燃え爛れ」、「黒髪が火の粉になって、舞い上が」っているんだろうなあ……あまりのむごたらしさに戦慄する。そしてたまらなく官能的。

 

そしてこの光景を目の当たりにした良秀の描写ですよ。

思わず知らず車の方へ駆け寄ろうとしたあの男は、火が燃え上ると同時に、足を止めて、やはり手をさし伸ばしたまま、食い入るばかりの眼つきをして、車をつつむ焔煙を吸いつけられたように眺めておりましたが、満身に浴びた火の光で、皺だらけな醜い顔は、髭の先までもよく見えます。が、その大きく見開いた眼の中といい、引き歪めた唇のあたりといい、あるいはまた絶えず引きっている頬の肉の震えといい、良秀の心にこもごも往来する恐れと悲しみと驚きとは、歴々と顔に描かれました。

愛娘を燃やす炎に照らされて見えた、皺だらけの顔。生きる人間ならむろん感じるだろう、耐えがたい苦痛。この生々しい描写があるからこそ、このあとの、善悪を超越した良秀の荘厳さが非常に生きてくる。

 

あのさっきまで地獄の責苦せめくに悩んでいたような良秀は、今は言いようのない輝きを、さながら恍惚とした法悦の輝きを、皺だらけな満面に浮べながら、大殿様の御前も忘れたのか、両腕をしっかり胸に組んで、たたずんでいるではございませんか。それがどうもあの男の眼の中には、娘の悶え死ぬ有様が映っていないようなのでございます。唯美しい火焔の色と、その中に苦しむ女人の姿とが、限りなく心を悦ばせる――そういう景色に見えました。
私たちは仕丁までも、皆息をひそめながら、身の内も震えるばかり、異様な随喜の心に充ち満ちて、まるで開眼の仏でも見るように、眼も離さず、良秀を見つめました。空一面に鳴り渡る車の火と、それに魂を奪われて、立ちすくんでいる良秀と――何という荘厳、何という歓喜でございましょう。

圧巻。

私は「いちばん大切なものを目の前で喪失する」シチュエーションに興奮するといいましたが、「自分とは別次元に存在する、圧倒的上位存在」も好きなんです。「地獄変」はそれを両方味わえて本当に本当に最高。興奮する。喪失するだけで終わらないんですよ。愛娘を燃やし、良秀の良心が仮託された猿も焼死し、そうした「喪失」を経て良秀は誰の手も届かない高みに上り詰める。最高~~~~~!!!!!!!!獣扱いされていた良秀が「開眼の仏」となるかたわら、明王にもなぞらえられた大殿が「喉の渇いた獣のよう」になる。この強烈な対比がたまんね〜〜〜〜〜〜〜〜。芥川龍之介は天才。

あと、「愚かな語り手」のわりにこういうとこの情景描写が卓越してて笑っちゃう。仕方のないことだが。

 

 

芥川龍之介の好きなところは、人間に対する冷たさのようなものが感じられるところ。(あと圧倒的知性)

なんというか、人間や人間の営みに対して常に一定の距離をとっている感じがする。冷徹というと言葉が強すぎるけど、冷めている。冷笑的というわけでもなくて、心の深いところで諦めている感じ。

例えば夏目漱石あたりは、人間たちの営為の中に自分の身を置いている感じがするけど、芥川は常に人間たちから一歩引いてその人生や生活を眺めているような……。「蜜柑」(青空文庫芥川龍之介 蜜柑)あたりでもそう感じる。

その冷たい感じが好きなんだよな~~。生々しさ、温かい生き物の呼吸みたいなものを感じない。例えば太宰治とかはねっちょり…もったり…柔らかく温かくてちょっと湿った雰囲気を読んでいると感じるが、芥川は冷えて乾いている。孤独でもあるのか? 生きていくには神経が鋭すぎて、暗いものを腹の中に抱え込んでいる、この息苦しさが好きだ。頭が良すぎたんだな、と思う。

 

 

 

今は三四郎を読んでいます。

次には地獄変の解釈(なぜ良秀は娘を燃やしたのか)、坂口安吾の続き(堕落論とか)、青山七恵『繭』などについて書きたい。

あと国木田独歩の『武蔵野』や評論もいろいろ読みたい。読みたい本が多すぎる。せっかく生まれてきたので面白い本をたくさん読みたい。