まくら

読んだ本や好きな文章の感想

三島由紀夫のなんかよくわからんけどエッチな気がする短編小説「花火」

初めてこれ読んだときは「なんだ…?よくわからんな……」と思ったんですが、読み終わってからしばらくして「あの小説ってなんか……エッチじゃなかった!?!?」となりました。

それでこの前改めて読んでみたんですが、「……?いや別にエッチではないわ……考えすぎやろ……」となり、しかし読み終わってから「やはりエッチなのでは……?」と思いました。みなさんはエッチだと思いますか?

 

別に筋骨隆々の男たちや汗ばんだ肉体などが出てくるわけではないのですが…なんか…そこはかとなくいやらしいバックグラウンドを感じ取れないこともない短編「花火」。

主人公は、アルバイトを探している男子大学生。彼が友人と一緒に飲み屋に行ったところ、そこで顔も年格好も自分と瓜二つの男性に出会います。(ただしその出会った男は主人公と違い、学生ではなく職人か御用聞きのようでした)

「全くよく似ていますなあ」

 はじめのうちは、こういう嘆息だけが共通の話題であった。呑むほどに、僕とその男の差異が徐々にあらわれて来た。たとえばその男が酒を呑むときに、頭を低くして盃の縁へ口をもってゆく仕草、歯切れがいいが何か話の途中でふっと口をつぐんでしまう癖、理屈っぽいことを無暗と回避する態度、笑うときにも目だけは笑っていない感じ……こういう差異がだんだんはっきりしてくるにつれ、それらのものから僕と違う別の人格が、確乎として目前に組み立てられてゆくように思われ、それが僕を安堵させた。

……? なんかもうすでにほのかにエロ……くないですか……? 私がそう思うだけ……? こういう「笑うときにも目だけは笑っていない」ような何か含みのある感じの人ってたいてい大人の色気的なものがあるというか……裏で何か危ないことやってそうな……いや単にそういう人物が私の好みなだけか? 三島由紀夫の作品、そこまでたくさん読んだことあるわけではないのでなんとも言えない。ですが私はなんかエッチだなぁと思いました。

 

 

で、話の流れから、主人公は自分とそっくりなその男からアルバイトを紹介してもらうことになります。両国で花火のある日の、待合(料亭みたいなもの?芸妓と遊べるところ)での日雇いバイトです。ただ、その話にはちょっと不思議な点がありました。

「……今思いついたんだが、収入もいいが、うんと祝儀の出る筋があるんです。河合さん、あんた、今の運輸大臣の岩崎貞隆って人、知ってますか」(略)

「ええ、知ってます」

「あの大臣がきっと花火見物にやって来ますよ。そうしたら、二、三度、じっと顔をみつめておやんなさい。口を利いちゃいけません。ただちょっとのあいだ、穴のあくほど相手の顔をみつめてやるだけでいいんです。そうすりゃ、あとでたんまりお祝儀が出ます。嘘は云いませんよ。ただ、じっと顔を見てやれば、それでいいんです」

「へんな話ですね」

「私とそっくりのあんたのその顔をね」

……? ……エッチでは……? こう言っちゃなんですが職人か御用聞きのようだという若い男性と、運輸大臣との間にいったいどういう繋がりが…? しかも顔を見つめるだけで大金をもらえるという。何も言わずとも。

いやこれだけでエッチだなと思うのは私が普段そういうアレをね…読んでるせいかもしれんが……いやでもこれはウ~~~ン…? 二頭の蝶がもつれ合ってるだけで性交の隠喩になる世界だからなぁ………

ちなみに主人公は美男でも醜男(ぶおとこ)でもないそうです(もちろん自分にそっくりなその男も)。

 

 

で、花火当日。あいにく天気は朝から雨が降ったりやんだりでした。主人公は普通に他の学生アルバイトたちと一緒に働きます。主人公のいるところからは残念ながら花火は片鱗程度にしか見えません。

そして時間が過ぎて「七時をいくらかまわったころ」、官庁のものである黒塗りの高級車が門前にとまります。主人公は傘をさして、その車のドアを開けに行きます。中には件の岩崎運輸相が乗っていました。

何げなく大臣は顔をあげた。それはほとんど彼が腰をあげて、車を下りようとしたのと同時であった。

 窓硝子を隔てて、大臣の目と僕の目とが会ったのはほんの一瞬である。

 しかしこの時ほど、僕は人間の顔が、「色を失う」という感じにぴったりした変化を起こしたところをまだ見たことがない。恐怖が彼の顔を一瞬のうちに染めたのである。

 顔の筋肉と神経の瞬時の収縮が、僕にはありありと見てとれた。そこで僕は、車を降りがけに、大臣が恐怖のあまり、却って僕へ襲いかかってくるのではないかという危惧を抱いたほどである。

 しかし岩崎貞隆は、僕の傘の中へ無言で頭をさし出すと、今度はひどくよそよそしい緊張した頬を見せながら、玄関口まで僕に送られて行った。

エ~~~!?!? 何何??? 大臣と若い男の間にいったい何が……!?

大臣は若い男に何かかなりヤバイ弱みか秘密かを握られているのかなとは思いますが…ここからはそれ以上はちょっとわからないですね。

 

あとこの恐怖の描写がいいですね。恐怖の度合いがはなはだしいことはわかりますが、何に恐怖しているのか、なぜ恐怖しているのかといった内容はまったくわからない。大臣ほど立場のある人が一体何にそこまで怯えるのか。気になりますね。

 

 

主人公と大臣が顔を合わせるのは全部で三回です。次が二回目、店の中の廊下での場面。

 そのとき階段をどよめきながら降りて来る人たちがある。僕は壁際に身を除けた。

 それは二、三人の芸妓に囲まれて降りてくる岩崎運輸相であった。すでに多少酔っているらしかったが、顔には出ていなかった。花やかな衣装に囲まれたその不格好な黒い背広は、妙に孤独な印象を与えた。

 彼は今度ははっきりと僕を見た。最初のときほど恐怖はあからさまにあらわれなかったが、一度意識した何か真暗な恐怖と必死に闘ってきたあとが見えた。そして眉一つ動かさず、目ばたき一つせずに僕を見終ると、そんな一介の男衆に注目したことを芸妓たちに感づかれぬうちに、すばやく目を転じて、僕のすぐそばを向うへ行った。しかし僕は、その岩崎の動かない表情が、一層つのる恐怖を、却って露わにしていると感じた。

また大臣の恐怖が強く印象付けられます。若い男と大臣との間に一体どんなつながりがあるのか…? 謎は謎のままです。

ところでこの場面、その「恐怖」を抜きにして見たとき、なんか…昔ただならぬ深い関係にあった恋人と、街中で偶然久しぶりにすれ違ったときのような雰囲気……ないですか?? つまりエッチな印象を受けませんか? 私だけ……??? 私の願望??

 

 

次が三回目の場面。主人公は雨に濡れた庭の片づけを命じられます。「はじめて心おきなく花火を見る」こともできました。そしてにぎやかな声のする二階のほうを何気なく見上げます。

 ざわめきの源は見えなかった。ただ手摺に凭って、下を眺めている一人の顔があった。顔は暗くて見えない。轟いて、花火が又あがる。青っぽい不自然な光りが、その白髪の頭と長い顔を照らし出した。

 岩崎貞隆は、恐怖に蒼ざめて、ひどく孤独な、虐げられた表情をして、じっと僕の姿を目で追っていた。

 三度、僕の目が彼の目と会った。その刹那、僕も正確に、彼と同じ得体の知れない恐怖に搏たれていた。ともすると僕の恐怖が、それほど的確に、相手の深い、身の置き場もない恐怖を、僕に直感させたのかもしれない。

 ……やがて運輸大臣は、僕の視線をごく自然に外すような身振りをし、その白髪の頭は手摺のむこうに隠れた。

 

 三十分ほどすぎて、見知らぬ若い芸妓が、縁先から庭の僕を手招きした。行ってみると、すばやく厚ぼったい紙包みを渡して、

「岩崎さんからよ」

 と云って行こうとした。

「岩崎さんはもうおかえりですか」

「今お帰りになったところ」

 芸妓はにこりともせずにそう言い捨てると、花火を紫で染めた白ちりめんの着物の肩が、廊下の奥の人ごみに紛れてしまった。

このようにして、男の言っていたように、主人公は岩崎大臣から大金を受け取るのですね。

 

今こうして見ると、やはり…エッチな雰囲気だ……。いや別に男と大臣との間に肉体関係があったでしょみたいに言いたいわけではなく、この大臣と若い男の謎に包まれた関係が……雰囲気がエッチなんですよ。そこまで強い恐怖に襲われている大臣が、主人公を見てその場で帰るでもなく(大臣と男の関係は表ざたにできないものなのでしょう)、強いて身を隠そうとするでもなく、二階から庭にいる主人公を見下ろし怯えながらも目で追っている……(恐ろしいからこそ姿を視界に入れておきたかった?)

そして、謎の大金。何かの口止め料だとは思いますが……大臣、いったいどんな弱みを握られているんだ。激ヤバな犯罪を目撃されでもしたのか?

あと、大臣を描写する言葉としてたびたび「孤独」が出てくるのも気になりますね。身分がありながらも孤独な大臣が、どこか影のあるミステリアスな若い男に弱みを握られつつも、金によってつながりをもっているというような……ここまで来ると大分私の妄想が入りますが。

 

そしてこれ……「自分そっくりな男」と、「その男と自分を取り違えている大臣」の関係を、無関係な自分が文字通り眼前で見せられるという…この設定もエッチだと思いませんか? 親しい友人と知らない人とのただならぬ場面に遭遇してしまったモブ目線で描かれたエッチな作品と似たような匂いを感じました。

 

最後の場面で、主人公は改めて自分とそっくりな男に会いに行きます。祝儀が出たら山分けの約束だったので。結局、大臣と男の関係は最後までわからずじまいです。終わり方もどことなくエッチだと私は思うので興味がある人はぜひ読んでみてください。この作品は新潮文庫『真夏の死』に収録されています。

 

真夏の死 (新潮文庫)

真夏の死 (新潮文庫)