まくら

読んだ本や好きな文章の感想

茂木健一郎『脳と仮想』読んだ

いつから置いてあるのか、自分がそれを読んだことがあるのかどうか、マジで何もわからないけどなんか気づいたらずっと本棚にある本ってありませんか? 私は『脳と仮想』がそれだったんですがこの前ようやく読んでみました。

クオリア」という主体的に感覚する質感、脳によって生まれる「仮想」という切実なものについて……の本ですが……なんというか、人生の見方についてある重要な示唆を与えているようにも思えるし平明な文章で書かれていてそのときそのとき言っていることは理解できるのですが、全体を通した内容を今すぐ要約しろと言われたらちょっとできない。するならあと一、二回は通読する必要がありそう(私がめちゃくちゃ細切れに読み進めたからだと思うが……)。うかつなことを書けない。だから要約は省きます。

 

茂木さんの著作一冊丸々読んだのは初めてなんですが、とりあえず文章めっちゃうまいな!?!? 

脳科学者だし、内容もまあ理系か文系かで言うなら理系分野の話が主ですが、文章がすごく文学的。詩的とすら感じることもある。と言っても比喩や言い回しが難解だということはまったくなく、理路整然とした文体。「わかりやすさ」と「文学的な表現」は両立するのだと改めて感じた。

仮想の人、ワグナーの墓には、墓碑銘がなかった。名前さえも刻まれていなかったのである。(略)

 この拒絶の厳しさは、一体何なのだろう、私は、静かな木立に囲まれたその一枚岩を見下ろしながら考えた。明らかに、ここには、何か尋常ではないものがある。あれほど強烈に仮想の世界のリアリティに殉じた人が、その墓に一切のシンボリズムを禁じたのはなぜか? そこには、精密に企図された、解き明かされるべき不可解な秘儀があるように思われた。

あ〜〜〜……読みやすい!!なんていうか文に無駄がない、削ぎ落とされていて非常に文意が明快。それでいて読んでいる方にはどことなく文学的な……耽美とまではいかんが……何か芸術的な印象を与える書き方のように思う。整然とした書きぶりだけれど、文の底に熱意が流れているというか……振り付け自体は優美でゆるやかだが非常な情熱をもって舞われている舞のような雰囲気を感じる。

小林秀雄源氏物語夏目漱石樋口一葉にも造詣が深くて博識で、ああ……この人は頭がいいんだなあ……と思いました(小並感)。

 

あとはサンタクロースの話が好きです。

 子供にとって、サンタクロースが切実なのは、それがこの地上のどこにも存在しないかそうだからである。子供だって、サンタクロースが、実際にはいないことを知っている。(略)

クリスマスの朝に目覚めると、その人の無償の愛のしるしが下げておいた靴下の中に入れられている。サンタクロースの魅力は、プレゼントをもらえるということよりも、そのような人がこの世に存在するという仮想の中にこそある。それは、分別が付き始めた子供にとってさえめまいがするほど魅力的で、しかし決して完全なかたちでは実現化することのない仮想である。(略)

 現代の私たちはしかし、サンタクロースにさえ、現実への接地を求めようとする。サンタクロースの橇の位置を人工衛星を使って追跡するという形で、フィクションの現実世界への接続を考えたりする。(略)でっぷりと太った人、橇の地球上の位置といった手で触れることのできる現実、すなわち、経験科学がとらえる客観的世界の中に転化された瞬間、サンタクロースは陳腐な具象に変わってしまう。

いや〜〜〜それは本当にそうだと思う。サンタクロースは、実在するかどうかというのは全く問題ではない。本質的なことではない。サンタクロースという概念、ここでいうなら「仮想」があるということが大切だと思うよ……サンタクロースなんていないよって声高に自慢気に主張しているのを見るとウーンとなる。

あとこの「切実」という語が本の中で頻出するのですが、茂木さん独特の語彙?「serious」の訳?ちょっと珍しい言い回しだけど、でも確かにこれが一番しっくり来る気がする。「重要」も「大切」もちょっと違う、なにか祈りのようなエッセンスが「切実」には含まれていて、それが茂木さんの仮想への姿勢も表されているようでわかりやすいと思った。

 

個人的に一番印象に残ったのは、茂木さんが大学生の頃、三木成夫という生物学者の講演を聞いたときのエピソード。

私とガールフレンドは、立ち見の人々で立錐の余地もない部屋の一番後ろに立って、その講演を聞いた。人間の胎児の写真を、スライドで次から次へとたくさん見せられたように思う。(略)一時間はあっという間に過ぎ、講演が終わると、私も他の人たちと一緒に夢中で拍手をしていた。

部屋の明かりがついて、私は、ふと、自分の胸のあたりが濡れていることに気がついた。どうしたのだろう、と傍らを見ると、ガールフレンドがぼろぼろ泣いていた。その涙が私の上着の上にこぼれかかって、胸のあたりが濡れていたのだ。

 やがて、暗い教室からさわやかな風が吹く屋外へと出た私たちは、歩きながらたった今終わった講演について感想を語り合った。どうして泣いたの、と私が聞くと、ガールフレンドは、「今の講演を聞いていて、何で、人間は戦争なんかするんだろうと思った」というような意味のことを言っていた記憶がある。

え!!?なんか……めちゃくちゃいい体験じゃないですか!??!?私はこのエピソード、すごく羨ましくなりました。私も聴きたい、そんな講演を。胎児のスライドを見て、人間の愚かさに思いを馳せられるような経験をしたい。薄暗い講義室の中で、話し終わった講演者に熱烈な拍手を贈りたい。講義室を出て明るい日の下で風に吹かれながら今聴いた講義について語り合いたい。なんならこの文章を読んで私はそれを追体験したように思っています。

このエピソードは茂木さんの中で忘れ去られていて、それを突然思い出したということで、「思い出せない記憶」という話題に繋がっていくのですがそれとは関係なしにこのエピソードが一番キュンとした。羨ましい……単に私が大学生活を懐古してるだけかもしれんが……

 

最近仕事がアホみたいに繁忙期で辛いんですが、本はいろいろ毎日ちょっとずつ読んでいるので、これからは定期的に更新していきたいです。

 

脳と仮想 (新潮文庫)

脳と仮想 (新潮文庫)