前から行きたかった競馬場にようやく行った。
去年の年末。有馬記念などではなく愛知にある中京競馬場です。
名鉄で向かう。普段は急行は停まらないんだけどレースがある日は中京競馬場前駅にも停まってくれる。たぶん。
あいにく一日中小雨が降っていたんですが、駅から競馬場までの道には道幅半分くらいの屋根がついていてあんまり濡れずに行けました。
あと、私が行った日は入場無料日でした。雨だからか思ってたほどの混雑ではなかった。

ポニーとのふれあいイベントを楽しみにしてたんですが雨のため中止だった…。特に中止の告知などは見つけられず、集合場所に行ってみて誰もおらず引き返した。
↑のような地下通路を通ってコースの内側にある公園みたいなところに行ける。そこでポニーと触れ合う予定だった。ちょっと遠いけどレースも見えるし遊具もあるし、子どもと楽しむのによさそうな場所。専用のプリペイドカード?で馬券を買える場所もあった。
レース前にはパドックを楽しむ。走る直前の馬の様子を見るやつですね。

わりといつも最前列に行けたので、これぐらい近くで馬を見られた。ガチで馬券を買う人は普通高いところから見るらしいから前の方は空いている。あとスマホで馬を撮っている人もあんまりおらず、みんな「勝負」をしに来ているんだな…と思った。
ちなみに上の写真の真向かいの位置には一眼レフを持った人たちがそれなりにおり、写真目的の人はそこに集まっているっぽかった。多分馬がきれいに撮れるんだろう。
初めて馬券を買う。てっきりキャッシュレス決済ができるのかと思っていたら基本現金のみだった。え〜不便だな〜と思ったけど、この「現金で入れて現金で戻ってくる」という実体があることが競馬というギャンブルのミソなんだろうなと一日競馬場にいて思った。その話は後で詳しく。

馬券を買うには、まず、建物の中のいたるところにマークシートと鉛筆が置かれているので、それでレース番号や賭けたい馬の番号、賭け方(複勝とか単勝とか)を塗りつぶす。
塗り終わったら、ATMみたいな機械が建物内にたくさんあるはずなので、それにマークシートを入れ、表示された金額を現金で支払う。そうすると馬券が発券される。
このマークシートの読み取りや発券が思っていたよりかなりスムーズ!銀行のATMなんかよりずっとサクサク。レース前は結構列ができるからこれくらいじゃないと捌けないんだろう。当たり前かもだけどマークシート読み取り精度もしっかりしている。
そしてレースを見る。屋根付きや屋内の指定席もあるけど、今回は取らなかったのでゴール付近のスペースで見た。競馬のレース映像を見たことがあればイメージできると思うけど、ゴール付近には結構広いフリースペースみたいなところがあって、席を取ってなくても自由なところで見られる。
ただ、傾斜はなく平らな土地なので、身長がないと見えづらい。あと雨の日は傘でよく見えない。有馬記念なんかだとあのスペースに人がミッチミチに詰まってるけど、後ろの方だと馬の姿はまず見えないよね?掲示板を見てるのかな?
とにかく近くで馬を見たいならゴール前だけど、レースをしっかり楽しみたい人、背が低い人なら指定席取ったほうがいいかも。
レース後、馬券が当たれば、「払い戻し」などと書かれた機械に馬券を入れる。すると当たった分の現金がすぐに返ってくる。外れた馬券はそのへんに置いてあるゴミ箱に捨てる。
お腹が空いたので昼食を食べる。基本立ち食い。吉野家があったので行ってみたら大盛りしかなくて草。大盛り+温泉卵を食べた。おいしかった。食べながら天井の方にあるテレビで別の競馬場のレース(参考映像?)を観る。
昼時のどこかのレースの間が長めに設定されているので、そこで昼ごはんを食べる人が多い。ご飯を食べられる場所はそれなりにあり、混み合っているが、立ち食いなので回転は早い。
あとお土産屋さんみたいな競馬場グッズを売っている場所があるが、昼時はかなり混む。なにか食べ物があればお土産に買って帰ろうと思ってたけど、何も売っていなかった…。馬券クッキーほしかった。

お店に入るまでちょっと並んだんだけど、その列の横にあったサイレンススズカのぬいぐるみ。クリスマス仕様。

サイレンススズカの像もあるよ。めちゃくちゃ隅っこにあるのでこれ目当てで行く人は気をつけて。
中京競馬場には「UMAJOカフェ」なるものがあった。女性専用の無料休憩スペースで、アンケートに答えればワンドリンク無料でもらえる。
混んでる日は時間制限あり。私がスペースから出たときは入場待ちしてる人が結構いた。

中に入ればゆったりスペースで、一人一席確保されている。内装がおしゃれで、かわいい雑貨やお菓子も売っていた。レースは窓際の席ならちょっと見える。本気で女性客を増やそうとしている感じがした。
といいつつ、競馬場全体を見ると、女性客はそれなりにいる。全体の3割ぐらい?
ウマ娘効果もあるのかな〜と思ってたけど、ウマ娘のグッズを持ってる人はほとんど見なかった。
それよりやはり目についたのは競馬新聞。最近は電車の中で新聞読んでる人をめっきり見なくなりましたけど、競馬場では競馬新聞を見ている人のなんと多いことか。びっくりした。
なぜ競馬においては「紙の新聞」なのか? 私は新聞買ってないから推測だけど、やはり「一覧性」か? そこでしか読めない有識者の予想が載っていたりするのか?
そういうのに加えて、私は「実体があること」というのも大事なポイントなのかなと思った。
馬券のときにも述べたけど、一日競馬を楽しんでみて実感したのが、「目で見えて、手で触れる」具体性が大事にされている場だなということ。
もちろん今はネットで家にいながらにして賭けることもできるけど、少なくとも競馬場という「場」は、
競馬新聞で予想を見て
現金で馬券を買い
たくさんの観客に紛れながら
直接レースを見て
現金で返金を受ける
という「体験」を楽しむ場所としても機能していると思った。ギャンブルするためだけの場所じゃなく。
ここからは完全に私感だけど、競馬場が「体験」を提供する場であろうとしているのは、競馬をただのギャンブルにさせないためかなと思った。運営する側もそうだし、客もそう。賭けるだけならネットでいいのにわざわざ足を運ぶのは(もちろんネットでやるのが面倒だからとかよくわからないからって人も多いだろうけど)、データとにらめっこする冷たいマネーゲームがしたいわけじゃないからだよね。きっと。
昔、「マネーボール」という映画の紹介動画を見たことがある。ある貧乏なプロ野球チームのゼネラル・マネージャーになった主人公は、データに基づいてチームを改革する。その主人公がこう言うシーンがあった、「試合は見ない主義なんだ」。競馬場に行って、このセリフを思い出した。「データ」と「試合」は別物なんですね。
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競馬に絡めて小説の紹介。
いま競馬の小説というと早見和真の『ザ・ロイヤルファミリー』を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、それではなく、宮本輝の『優駿』の話をします。
1年ほど前に図書館で借りて読み、今手元に本がないので記憶で書く。したがって細かいところは信用しないでください。
話の大筋としては、北海道のそう大きくない、そんなにお金もない牧場で生まれた競走馬「オラシオン」と、それをめぐる人たちの物語。
競馬のレース自体とかそのロマンより、競馬がどんな人たちによって支えられているのか、どんなビジネスなのかっていうのに焦点を当てた作品だった。種付料が1回いくらとか、ジョッキー同士の関係とか。この種付で生まれた子どもが全然走らなかったら一家が路頭に迷う、そんなシビアな世界があることを知った。
オラシオンというのはスペイン語で「祈り」の意味。まさに牧場主の、これで失敗したら牧場を失う、頼むから走ってくれという祈りのもとに生まれたその馬は、真っ黒な馬体で額に星の形をした白い模様がある。かっこいい。
余談ですが、ここ数年リリカル界隈で「祈り」という言葉が濫用されているのを見て辟易していたんですが、この「祈り」はちゃんとした「祈り」だったからよかったです。
『優駿』の中で一番印象に残ったのは、ミラクルバードという競走馬のエピソード。かなりうろおぼえですが焼き鳥屋の主人が一念発起して買った馬とかで、決して血統が優れているとかじゃない。あんまり期待されていなかったけど、レースに出てみたらこれがよく走る。どんどんよい成績を出して、ぐんぐん人気が出ている、そんな馬。リトル版オグリキャップ…というと言い過ぎだろうか。
このミラクルバードにずっと乗ってきたジョッキーがいました。彼はミラクルバードのことを戦友のように思って大切にしていたんですが、ある大事なレースの直前になって、政治だかビジネスだかの判断によって騎手を降ろされてしまう。
ところでミラクルバードにはあるクセがありました。幼少期、他の馬に顔を蹴られて大怪我をしたのが原因で、他の馬のすぐ後ろにつけると怖がって大きくヨレてしまう。そしてこのクセはずっと乗ってきた例のジョッキーしか気づいていませんでした。
ミラクルバードの騎乗を外されたジョッキーは、乗り代わったジョッキーにこう伝えるんですね、「ミラクルバードは他の馬の後ろにぴったりつけて走らせろ」と。
で、レースが始まり、乗り代わった騎手は他の馬の後ろにぴったりつけてミラクルバードを走らせようとした。その途端、ミラクルバードが大きくヨレてしまい、それが原因でミラクルバードと騎手は諸共に他の馬にぶつかり蹴られ死んでしまう。
そのレース映像を観ていた元のジョッキーは、「ミラクルバードが死んだ! ミラクルバードが死んだ!」と絶叫し、気を失う。
私が気になったのはここから。元からの騎手はミラクルバードを大事に大事にしていたから、自分のせいでミラクルバードを死なせてしまったことをひどく気に病むかと思ったんです。でも事故の後、その騎手が考えているのは「自分の殺人が他人にバレないか」ということばかりで、ミラクルバードのことを悼んだり申し訳なく思ったりする描写が全然なかった。
私はこれ、最初違和感だったんですけど、確かに人間ってそういうものかもしれないなって。愛するのは動物、恐れるのは人。甘い悲しみよりも、糾弾への恐怖のほうがずっとずっと切実なんだろうと。
彼のミラクルバードを愛する気持ちは真実だったと思う(その愛が反転してミラクルバードを死なせてしまったわけだけど)。だからこそ彼が作品の最後までミラクルバードのことを全然考えなかったのを読んで切ない気持ちになった。
競馬、面白かったのでまたぜひ観に行きたい。前回は収支がぴったりプラマイゼロ円になった。入場料タダでよかった。次はちょっとは勝ちたいな〜。