まくら

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宮部みゆき『模倣犯』面白かったけどストレスエグい

若い女性が主な被害者となる連続誘拐殺人事件を描いた犯罪小説ですね。(フィクションです)

1990年代後半に連載されていた作品で、物語の時代設定もそのあたり。文庫本だと全五巻。

 

犯人が誰なのかは早めに読者に明かされていて、ミステリではない。犯行方法の解明とかより、若い女性を狙って殺していく犯人や、被害者遺族、マスコミ、民衆がどう思って何を感じるかに焦点を当てた作品だった。

 

 

面白かったな……。最後の方は一気読みした。

でもこの……犯人が犯人だって世の中にバレるまでのストレスが半端なかった。

 

犯人が感情移入しがたいほどの悪だったから「頼む~早く捕まってくれ~」「つるし上げられてくれ~」になっていた。かといって捕まったあとスッキリできるような展開でもなかった。

「被害者遺族」の気持ちをかなり大事にした作品だったからだと思う。私は読後モヤッとした後味の悪さが残ったけど、でもこれだけ人が無残に殺されて遺された人がいるのにスカッとして終わりなわけがないやね。

 

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以後、ちょっとネタバレというか作中の描写に触れていくので未読の人は注意。

 

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私は宮部みゆきで読んだ記憶があるのが『ステップファザー・ステップ』と『ブレイブ・ストーリー』だけだったから、この人のこと児童文学作家というか、こう…ちょっと毒のある描写をしつつもそこまでショッキングな、残酷な描写はしないでしょ……と思ってたらぶん殴られた。

 

あの~ちょっとひどすぎますね。なんだろう。女性に対する暴力描写っていろんなフィクションで読んできたはずなのに、『模倣犯』は胸糞悪さかなり上位。

露骨な残酷描写で読者を引き付けようとは一切してなくて、むしろ抑えめな描写だったと思うけど、それでも本当にしんどかった。特に、被害女性の姉が、妹は本当は共犯じゃないんですか、って警察に詰め寄って引き下がらなくて、警察がやむなく被害女性の死ぬ前の写真を姉に見せたくだり。

 

なぜこんなに気分が悪いのか考えてみたけど、犯行が性欲由来じゃなかった、っていうのがあると思う。レイプしていることもあった(というかほとんどの場合でしていた?)けど、少なくともきっかけは性欲じゃなかったし、主目的は別にあった。なんだかそれがおぞましい。

性欲が動機じゃないのに、つまり「別にやらなくていい」のに、こんなことができるんだ、っていう恐怖かな……。

主犯のほうは人の感情が自分の手で乱されているのを見るのがかなり好きそうだったから、女性の感情を最も効果的に乱せる手段としてああいう尊厳破壊をしたのかもしれない。

 

 

ただちょっと、作者自身が「私は女だからこういうことをする男の気持ちはわからない」って投げ出してるように感じた。作中の女性が何度かそのようなことを言っていたけど、あれは作者の気持ちだったと思う。

従犯のほうはまだ人間臭さがあったけど、主犯の心理の掘り下げがあんまりなかったのは「わからなかったから」かなって思った。生い立ちの複雑さを見せて主犯の人生にちょっと思いを馳せられる機会もあったけど、深掘りはされていないし。

私はもうちょっと主犯の考えも掘り下げてほしかった、というか、人格にもっと深みをもたせてほしかった。

 

強いて言うなら、当時の「若者の傾向」に犯行の動機を求めていたのかな。目立ちたがり、楽しければそれでいいっていう。

「(……)”犯人”は、被害者たちに対して悪いことをしたなんて、これっぽっちも思ってないんじゃないかしら。もちろん遺族に対しても同じよ。あんたたちの人生に、思いがけないスポットライトを当ててあげたんだよって――参加者も一般社会の観客も、みんなみんな愉しんで、誰も損してないじゃない、僕は悪いことなんかしてないよ、僕のしてることのどこがいけないの? 誰かそれを説明できる?って」(五巻、p.142)

「(……)そんなふうに考える連中が出てきても驚かない。あたしたちの世代にはそういう指向性があるから」

「命は無条件で大切なものだとか、社会の安全は守らなければならないとか、そういう考え方を笑い飛ばす?」

 法子は首を振った。「そういうすべてのものよりも、退っていう指向性よ」(五巻、pp.143-144)

今はこういう風に思う若者、前より少ない……のかな。どうだろう。劇場型犯罪(犯行声明などを発表し、人々の注目を集めることを目的の一つとする犯罪(デジタル大辞泉))は最近聞かないけど、SNSで承認欲求満たそうとして大炎上してる人はたくさんいるし。時代性というより、若さ、幼さによるものだろうか。

想像だけど、主犯の人は令和の世だったら連続殺人犯にはならず、インフルエンサーになっていたと思う。

 

 

あと、この本読んでいて、作者の「自分は女性である」という意識が強く感じられた。物語の素材がそもそも、男性による女性を狙った殺人事件(いわゆるフェミサイド)っていうのもあって、女性と男性は違う…っていう考えがちょいちょい書かれていた。女は生きているだけでこんな被害に遭うことがある。でも男は事件に対してやっぱりどこか他人事だ。みたいな。

これは個人の好みだけど、私はこういう男女の違いとか対立(この作品は男女の分断を煽るようなものではなかったけど)を読むと疲れる。むろん大事なテーマだとわかってはいるけどね。心に余裕があるときに読みたい。

 

ルポライター・前畑滋子は作者の分身だろうか。女性ライターが軽んじられることに憤るシーンがある。宮部みゆきもこういう扱いを受けてきたのかな。仕事を優先する妻、家庭を大事にしてほしい夫、みたいな、世間でよく見られるのとは逆の構造のケンカがあったのも、作者が意図的に入れた感がある。

 

 

いろいろ書いたけど、『模倣犯』は人間のむごさ恐ろしさばっかり書いたものじゃなく、傷ついた・弱い立場にいる人間がそれでも生きていこうとする強さが描かれた物語だったと思う。

事件は、頭が切れる冷酷な人間 vs 愚かに見られることもあるが優しい人間 の対立構造でもあって、後者の人たちの強さに胸打たれる。そういう人たちが蹂躙されるのは読んでいて辛かった。でも強かった。

 

 

 

あと、私の中で宮部みゆきと小野不由美って似たような立ち位置にあって(文体にあまり特徴がない、現代の女性作家、長編をよく書く、ミステリとかサスペンスとかそういうのを書く)、今まであんまり区別ついてなかったんですが、ちゃんと読むと大分違いますね。

相対的な評価だけど、宮部みゆきの方がなんか…もったりしてる。文体が柔らかめで、展開もそんな早くなくじっくり進む(『模倣犯』は中盤に比べて終盤が駆け足だったけど)。読点でつないだ長い文もたまに見られる。抒情的というほどではないが、心理描写がしっかりある。

それに対して小野不由美は、キリッとしている。かっちり。論理を大事にしている印象。展開は比較的サクサク。

 

昔はこういうストーリー重視で文体にあまり癖のない作家って好んで読まなかったんですが、最近はこういうのが面白いですね……。いろんな人がいろんな視点から物を考えて、展開にも起伏があって「スゲ~…」って思う(小並感)。年取ると趣味って変わるんだな。当たり前か。そのうち歴史小説とかも読めるようになるかもしれん。楽しみですね。