まくら

読んだ本や好きな文章の感想

小野不由美の十二国記シリーズを『黄昏の岸 暁の天』まで読んだわけだけど

なにこれ……? ハチャメチャに、面白い……

世界にはまだまだ面白い本がある。

 

私、最近まで(厳密にいえば2022年に「ファイアーエムブレム風花雪月」という神々が作りしゲームに出会うまで)ずっと「ファンタジー作品」というものに抵抗感を抱いていて、中学生になったあたりから全然読んでこなかったんですが、十二国記に出会ったことにより「おいおいおい……ファンタジー小説ってこんなに面白かったのかよ…………」になっています。何歳になっても世界は拡げられる。

 

 

十二国」の世界の話が本格的に始まるのはEpisode1『月の影 影の海』なんですけど、十二国記シリーズで最初に刊行された本は『魔性の子』で、これはEpisode0という扱い。

私が最初に読んだのは『魔性の子』です。『魔性の子』はファンタジー色が一番薄い、現代日本が舞台のホラー?テイスト小説なので、十二国記気になるけどファンタジーはちょっとなあ……と思ってる人は『魔性の子』を読んでから十二国記シリーズを読むか決めるのがいいかも。

 

シリーズ作品の一覧はこちら → シリーズ作品紹介|小野不由美「十二国記」新潮社公式サイト

 

 

以下、紹介ではなく感想です。未読の方への配慮ありません。

 

 

 

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まずなぁ~……十二国記は古代中国風異世界ファンタジーなんですけど、一にも二にも「リアリティ」がすさまじい。異世界ファンタジーにリアリティを求める人ってあんまりいないのかもしれないし私も期待してなかったけど、もう本当に「そこ」にある。「十二国記の世界」が眼前に「ある」。

 

なぜって、小野不由美の「語彙の選択」が作中通してずっと完璧だから。

一番感服するのはやっぱり「十二国」という異世界全体の成り立ち方――国を統べるシステムの説明や風俗・文化の描写の緻密さ。もうこれがね~作品を読み進めれば読み進めるほど天井仰いで「小野不由美の頭の中どうなってんの?????」って叫びたくなる。マジでどうなってんの?

 

 

これは『丕緒の鳥』という短編集で述べられていた、「大射」という儀式についての説明。

大射とは国家の重大な祭祀吉礼(さいしきつれい)に際して催される射儀を特に言う。射儀はそもそも鳥に見立てた陶製の的を投げ上げ、これを射る儀式だった。この的が陶鵲(とうしゃく)で、宴席で催される燕射(えんしゃ)は、単純に矢が当たった陶鵲の数を競って喜ぶという他愛ないものだが、大射ともなれば規模も違えば目的も違う。大射では、射損じることは不吉とされ、矢は必ず当たらねばならなかった。

(「丕緒の鳥」)

このあとは大射についての具体的な説明が続く。

え、実際に中国であった儀式?と一瞬思ったが多分ない。なんというか、存在しない事柄の説明の「説得力」がすごいのよね。「歴史」があるもん。全然表面的じゃないのよ。なんでだろう?

やはり「漢字」の力なのかな。マジでバカっぽい感想になるが、難しい漢字や熟語を使われると急に「それっぽく」なる。でも漢語を多用するというのは諸刃の剣で、日本で生きてるとやはり中国の文化や漢詩文に触れる機会が多いため(漢字使ってるしね)、適当に使うとすぐ見破られてしまうんじゃないかと思う。でも少なくとも私は一度も見破ってない。人名も地名も役職名も虚構の事物の名称ももう全部見るたび「それっぽ~~~~い!!!!!」って叫んでる。マジで「全部」それっぽいんです。

 

 

あと語彙が「読者に媚びていない」のがたまらないんだよね。

もともと十二国記シリーズは講談社X文庫ホワイトハートっていうライトノベル系レーベルから刊行されてたらしい。ターゲット層も10代とかの若い層だったそうなんだけど、もうね~~「ティーンにもわかる言葉で書こう」という配慮が一切ないのがマジでサイコー。

つけるのはルビまで。わからない言葉は自分で辞書引いて調べな、というスタンス。そうそうそれでいいんだよ。しゃがみこんで目線を合わせてくれなくていいんだ。こっちが勝手についていくから。

 

その翌日、大昌(だいしょう)の登遐が天官によって公にされたが、その死因については言及されなかった。(『華胥の幽夢』「華胥」3)

このままでいれば、砥尚の命運はいずれ尽きてしまう。栄祝と朱夏にとっては朋友、青喜にとっても尊敬すべき党魁であり、同じく慎思に養われた仲、その砥尚が采麟と共に不帰路を辿る――。(『華胥の幽夢』「華胥」3)

 

強調引用者。「大昌」「砥尚」「栄祝」とかは固有名詞だとして、「登遐」「党魁」、ググりました。党魁は「首魁」ってたまに聞くからなんとなくわかるけど「登遐」何?と思ったら「皇帝・天皇上皇などが死ぬこと」だそうです(精選版日本国語大辞典・コトバンク)。知らんかった。「崩御」「身まかる」ぐらいしか知らんかった。知らん言葉に出会えると嬉しいね♪

 

こんな風に小野不由美の語彙力に圧倒され続けてるんですけど、こういうあんまり使われない言葉の使い方が作中通してずーーっと適切(に思われる)のがホント~~~~~~~にいいんですよね。

たまにライト系の小説を読んだときに「その言葉、辞書引いたときにたまたま目に入ってカッコいい!って思ったから使ってない?」みたいな言葉を見ることがある。つまり、その言葉だけ本の中で浮いてるんだよね。これは普通に悪口なんですけど、そこ以外の語彙レベルはそうでもないのに、ときおりめちゃくちゃ難しい言葉が使われてたりすると作者の自意識が顔を出している気がして「ダサ……^^;」と思ってしまう。でもこれ私も気を付けてないとよくやっちゃうことなんで、てかやってきてると思うんで、同族嫌悪です。はたから見ると「あ~~^^;」ってなっちゃうな…と読んでて気づかされたので反面教師にしてます。

で、小野不由美はそういう「カッコよく/頭をよく見せるために難しい言葉を使っている」って感じさせる記述が本当にひとつもなくて、語彙力と制御力がすさまじい。相当な語彙力がないとこうはできん。

 

 

 

あと情景描写も好きなんです。異世界だけど、自然はあり、季節があり、温度があり、それを感じ取る人間たちの感性がある。

 その日、街は気怠い熱気の中に沈んでいた。堯天(ぎょうてん)の街の北には、巨大な山が柱のように聳えている。その山の麓、南へと裳裾を引くように下る斜面に、街は広がっていた。階段状に連なる市街、蝟集した鋼色の甍宇(いらか)、縦横に延びる街路は陽射(ひざし)に照らされて白く、そこにとろりと湿気を含んだ暑気が淀んでいる。

 どの建物の窓も涼を求めて開かれていたが、あいにくこの日は、午(ひる)からぴたりと風が熄(や)んでいた。窓も戸口も開け放したところで、流れ込んでくるのは白茶けた照り返しと熱を持った空気、そして、眠気を誘うような静かな騒(ざわ)めきだけだった。

(『黄昏の岸 暁の天』一章1)

 

怠らない! 怠らないッ!! 情景描写をッッ!!!!

純粋にうまいよな~~情景描写……。「とろりと湿気を含んだ暑気が淀んでいる」「流れ込んでくるのは白茶けた照り返しと熱を持った空気、そして、眠気を誘うような静かな騒めきだけ」。特に特徴のない文体だから、神のようなフラットな視点から世界を眺めることができる。水に溶ける溶質みたいに、十二国記の世界の空気に透明になって身を溶かして、市街のひび割れた石畳から雲海を貫く山の上まで飛び回って眺めることができる。

こういう、我々にも共感できることがらをきちんと描いてくれるからこれまた世界のリアリティが増していくんだよな……

 

あと、「南へと裳裾を引くように下る斜面」。スカートじゃない、「裳裾」。十二国記の世界にスカートは存在しないので。こういうさりげない気配りが徹底されているから、十二国記の世界が重厚に構築されていくわけです……。

 

 

白いばかりの空間は嫌でも戴の、雪に降り込められた国土を思い起こさせた。

 無数の切片がひたすらに降って山野も里廬(まちまち)も覆い尽くしていく。全ての音は彩りを吸い取られ、世界は無音のまま昏睡にも似た停滞へと落ちていく。

(『黄昏の岸 暁の天』六章7)

個人的に好きだった描写。雪が大好きなので。

世界は無音のまま昏睡にも似た停滞へと落ちていく」すごくない?これ……

雪に降り込められた世界の閉塞感を「昏睡にも似た停滞」って表現するのスゲー好き。分厚く積もった雪によって音が吸い取られた無音の、動きのない世界が眼に浮かぶ。

 

 

今はシリーズ最新作『白銀の墟 玄の月』読んでるところです。

まだ全部は読んでないけど、あのさ~~……これだけ大部の作品で、「生殖」どころか「恋愛」も一切登場しないの、すごくない?? そして性愛が一切登場しないのにこんなにも面白いのもすごくない???? ここまで恋愛感情の存在しない作品を読んだのは、佐々木倫子動物のお医者さん』(漫画)以来かもしれない。

十二国の世界では子供が木に成るから生殖行為は存在しない(でも妓楼はあるので性行為はあるんだと思う)。だから男女間の恋愛感情が一切記述されないのも自然なことではある。

性欲に基づく恋愛感情が登場しない世界、そこで人と人をつなげるのは何? 「親愛」? 「恩義」? 「忠誠心」?

なんか私はね…この世界、というかこの作品にある種のユートピアを見出している。性欲に依らない人間関係、ってのに救いを感じる……これも私が十二国記を好きな理由の一つだ。

 

短編集『丕緒の⿃』が特に印象深い話が多かったから今度この本の話もしたい。

 

 

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休日なので漫画をいろいろ読んだ。ザ・ファブルマロニエ王国の七人の騎士、RAVE、応天の門BLUE GIANTなど。全部途中までだけど。あとトーマの心臓(プレミアムエディション)。

BLUE GIANT、大分前にも読んだことあったけどそのときよりめちゃくちゃ響いた。苦しいくらい優しい作品だ。最初の方はめちゃくちゃ浦沢直樹だな~ということに気を取られていたが、読み進めていくうちにどうでもよくなった。BLUE GIANTBLUE GIANTだ、ここにしかないものが確かにある。芸術のためだけに生きたい。人間って美しい。