「眠れないときには羊を数えればよい」みたいな言い伝え(?)ってありますよね。
この前『伊曾保物語』の「いそほ帝王に答ふる物がたりの事」という話を読む機会があったんですけど、そこで「睡眠」と「羊を数えること」が関連して語られており、「眠るときに羊を数える」という行為の起源は何なのか気になったため調べてみました。
調査方法は全てgoogle検索です。
『伊曾保物語』(中巻・第四)「いそほ帝王に答ふる物がたりの事」
さるほどに、ねたなを国王いそほを語らひ、よなよな昔今の物語どもし給ふ。ある夜、いそほ、夜ふけて、ややもすれば眠りがちなり。
「奇怪なり。語れ語れ」
と責め給へば、いそほ謹しんで承り、叡聞に備へて云(いはく)、
「近頃、ある人千五百疋の羊を飼ふ。ある道に川有り。其の底深くして、步にて渡る事かなはず、常に大船を以て是を渡る。ある時、俄に帰りけるに、舟をもとむるによしなし。いかんともせんかたなくして、ここかしこ尋ね行きければ、小舟一艘汀に有り。又ふたりとも乗るべき舟にもあらず。羊一匹我と共に乗りて渡る。残りの羊多ければ、其のひまいくばくの費へぞや」
と云ひて、又眠る。其の時、国王逆鱗有て、いそほを諫めてのたまふ。
「汝が睡眠狼藉也。語果たせ」
と綸言有ば、いそほおそれおそれ申けるは、
「千五百匹の羊を小舟にて一疋づつ渡せば、其時刻いくばくかあらん。其の間に眠り候」
と申ければ、国王大きに叡感有て、「汝が才覺はかり難し」。
(伊曾保物語 - Wikisource参考に一部仮名遣いなど改変。強調引用者)
だいたいの内容は
いそほという人物が王様と話しているときに眠くなってしまった。しかし王様は眠らずにもっと話せといそほに言う。そこでいそほは「千五百匹の羊を一匹ずつ舟で渡す」話をして、「一匹ずつ舟で渡せば大変な時間がかかる。その時間を使って寝ます」と言って寝た。
という感じですね。
そもそも『伊曾保物語』とは『イソップ物語(イソップ寓話)』の翻訳で、1615-24に刊行された仮名草子(かな書き小説)。
で、『イソップ物語』はというと、紀元前三世紀ごろに成立した説話集。古代ギリシャのイソップが作ったと伝えられています。
counting sheep
こちらも起源について調べるといろいろ出てきますが、結論から言うと12世紀初頭にスペインで書かれた「Disciplina Clericalis」というテキストに載っているらしい話が、今回私が見つけられた中で最古の用例でした。そしてその内容は『伊曾保物語』中巻・第四と酷似しているっぽいです。
以下のサイトに紹介されていました。
Disciplina Clericalisの原典を確認できなかったので孫引きになってしまいすみませんが、上記のサイトから該当部分を引用します。
a king every night heard stories from his storyteller. One night, the king, burdened with worries from the day’s business, did not feel like going to sleep. He demanded extra stories from his storyteller. But the storyteller himself wanted to go to sleep. The storyteller’s ingenious solution was to tell a story that required counting sheep.
A farmer went to market and bought two thousand sheep. Returning home, he found his way blocked by a flood-swollen river. Along the shore was a small boat that could carry only two sheep across at a time. The farmer put two sheep into the boat and crossed over. The farmer needed to do that a thousand times in order to get all his sheep home.
According to Disciplina Clericalis, the storyteller fell asleep after stating that the farmer put the first two sheep into the boat. The king woke the storyteller and demanded that he continue. The storyteller responded that the story required the farmer to transport all the sheep across the river.
羊の数がちょっと違いますが、ほとんど『伊曾保物語』の内容と同じですね。
wikipedia(Counting sheepの項)によれば、Disciplina Clericalisはイスラム圏の物語を主に下敷きにしているようで、したがって「羊を数える」という行為は、12世紀初頭より前の時点ですでにイスラム圏では広く知られていたのではないか ということでした。
で……ここまで調べたとき、「おや?」と。
『伊曾保物語』の原書『イソップ物語』は紀元前3世紀ごろ成立、
一方「counting sheep」の起源は私が見つけられた範囲では「Disciplina Clericalis」で、12世紀初頭成立。
イソップ物語に「羊を数える話」が載っていたのなら(Disciplina Clericalisの話がイソップ物語をもとにしているのであれば)、counting sheep の起源が大幅更新されるのではないか…?と。
調べてみました。
小堀桂一郎氏の研究によれば、仮名草子『伊曾保物語』の底本は シュタインヘーヴェル本『イソップ』とのこと。
これは「ドイツ人ハインリッヒ・シュタインヘーヴェルが、十五世紀までの西欧に流布していた各種のイソップ寓話集を集大成し、編者独自の見地から編纂・構成した大部のもの」*1とのこと。
で、濱田幸子さんの論文(*1)を拝読したところ……
『伊曾保物語』中巻・第四の話は、「イソップ寓話」ではなかった。
「シュタインヘーヴェル本『イソップ』の構成の第六部に属すアルフォンス寓話集抄」に収められている話であるとのこと。
オ~イ(笑) なんやねん(笑)
で、この「アルフォンス寓話集抄」ですが原典未確認。どういうものなのか詳細も未調査。ですが多分、少なくとも羊を数える話は「Disciplina Clericalis」からとった話なんじゃないんでしょうか…。
以上。力尽きたので調べた人いたら教えてください。
ちなみに、こういう起源調べる系で興味深い調査を行っている方がいらっしゃったのでご紹介します。かなりディープで面白いです。
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