まくら

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労働で疲れてるときに吉野弘の詩読んだら泣いちゃった

タイトルの通りです。

労働で疲弊してるときに読む吉野弘の詩、めちゃくちゃ魂に染みる。

今回読んだのはこれです。

 

もう序盤の「burst」と「挨拶」が本当にクる。

 

 三十年。

 

 永年勤続表彰式の席上。

 

 雇主の長々しい讃辞を受けていた 従業員の中の一人が 蒼白な顔で 突然 叫んだ。

 

 ――諸君

   魂のはなしをしましょう

   魂のはなしを!

   なんという長い間

   ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう――

 

 同輩たちの困惑の足下に どっとばかり彼は倒れた。つめたい汗をふいて。

(「burst――花開く」(『消息』))

 

「なんという長い間/ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう――」

本当に……本当に……我々はいつから「魂のはなし」をしなくなってしまったんでしょうね? 昔はそれをしていた気がするけど。

「少しの誤りも停滞もなく」進行し続ける業務のうちに、学生のころは大事にしていたはずの何かが少しずつ轢死していくような感覚があるんですよ。歯車の間で噛み砕かれる砂みたいに。

この「蒼白な顔」の従業員のことを思うと泣いてしまいそうだ。

仕事中、パソコンのディスプレイに向かっているときなんかに、「魂のはなしをしましょう」という一節をふと思い出す。

 

吉野弘さんが書く「労働」を題材にした詩がすごく好きだ……「労働」という概念を扱うんじゃなくて、生身の労働者から出てきた詩という感じがするから。

 

 

「挨拶」(『消息』)もとても好きです。

 

いつも

視線をまじえない お早う。

いつも

足早に追い越してゆく さよなら。

 

そうして 時に

こらえきれない吐息のような

挨拶

     なにか面白いことはありませんか 面白いことは

 

労働組合の総会で議長をやったとき

発言の少いのに腹を立てて みんなを

一層黙らせたことがあった。

あの時も淋しかった。言葉不足な苦しみたちが黙っていたのだ。

ひとの前では言えないことで頭がいっぱいだったのだ。

――そいつをなんとか話し合おう――

と若い議長がいきりたったのだ あのとき。

 

この「議長」の下りが本当に淋しかった。「そいつをなんとか話し合おう」、そういきりたっても周りの人たちは黙ったままだったんだろう。そのときの議長の淋しさ、黙っているひとびとの淋しさが伝わってきて、泣けてきた。

ここでいきりたつ人間は「若い」ひとじゃないといけない。そしてそのうちに若い議長も「ひとの前では言えないことで頭がいっぱい」になって、椅子の上で沈黙するようになるんだろう。そうして人は老いていくんだろう。淋しいな。

 

そして、「なにか面白いことはありませんか」という「挨拶」。これはもう悲鳴ですよ。「なにか面白いことはありませんか」。こんなに悲しい言葉そうそうないと思います。

 

不器用な苦しみたちは

いつも黙っている。

でなければ しゃべっている。

なんとか自分で笑おうとしている。

ひとを笑わそうとしている。

そうして

どこにも笑いはない。

そうして

     なにか面白いことは

     ありませんか

 

救われたいよなあ。面白い話をいつでも聞いていたいよな。そうじゃないと働いていけない、やっていけないよ。

こういう、苦しいことを苦しいままに活写してくれる詩がとても好きです。直接的な励ましの言葉があるわけじゃないけど…共感されてる感じっていうのか…なんていうか、こんな言葉が世界にあるなら頑張っていこうと思える。

 

 

吉野弘さんは美しくてきれいな詩もたくさん書いています。(むしろそっちのほうが有名?)

私が好きだと思ったのは、そんなに知られてる詩ではなさそうですが「立ち話」(『風が吹くと』)という詩。幼い兄弟姉妹が母親と立ち話をしているところを見ている詩です。

 

私のいる所から少し遠いけれど

おはなしがよく見えますね

声の色も見えますね

こんなに はっきり

お話が見えるのは

明るい秋の陽ざしのせいだけじゃなくて

お母さんと子供たちが

しあわせだからですね

しあわせが

くもりや かげりを

きれいに吹きはらって

そこが

ひどく澄んでいるからですね

 

読んだ日が秋の初めの涼しい、よく晴れた日だったことも相まって、なんだかすごくよかった。

すごくきれいな詩。私が好きなのは「私」から親子の間に距離があるところ。「〜ね」という口調も相まって、「自分から遠いものの美しさ」を見ているような感じが好きでした。美しい景色です。私はそれに直接は属していないけど、その延長線上に立てている。

 

 

あと同じく秋の詩で、「秋の傷」(『北入曽』)もロマンチックで良かったです。

「奥さまがお有りのあの方と、私は歩いた」から始まる詩。

 

「気をつけないと傷つきますよ」

あの方が、そうおっしゃった

それは葦の葉の鋭い切っ先のことでしたが

私は、こんなふうに聞きたかった

「僕を信用しすぎてはいけません」

――言うならば、何事かへの歯止め……

私は首をすくめた「小説の読みすぎだわ!」

 

葦の茂みをぬけると

あの方は笑って手の甲の傷を私に見せた

「君に注意したくせに僕が切られている」

 

まだ続きがあるんですが、なんかこれが…いかにも少女趣味でロマンチックで良かった。

昔の、涼やかな秋の一日の、妙に忘れがたい思い出って感じで……

相手の言葉を都合よく解釈したがるこの若い感じがなんとも甘酸っぱい。

 

 

最近は大澤真幸『性愛と資本主義』読んでますが難しくて全然進んでません。坂口安吾のエッセイもまた読んでます(メッチャ面白い)。あと『脳と仮想』で言及されてた三木成夫さんの本(『胎児の世界』)も借りてきましたがまだ読めていません。人生は短いのでたくさん本を読みたいです。